パリの凱旋門(エトワール凱旋門)完全ガイド|見どころ・チケット・284段の登り方【2026年最新】


シャンゼリゼ通りの西端、12本の道路が放射状に集まる広場の中央に立つ高さ約50メートルの門。ナポレオンが1806年に建設を命じ、完成したのは30年後の1836年でした。この記事では、料金と営業時間、地下通路からの入り方、屋上テラスへ続く284段の登り方まで、ヨーロッパ旅行を専門とする旅行会社が公式情報をもとにご案内します。
- 料金は季節と曜日で変わる — 4〜9月は22ユーロ、同じ期間でも水曜だけ16ユーロ、10〜3月は通年16ユーロ
- 火曜だけ開館が11時 — ほかの曜日は10時。朝いちで計画すると空振りします
- エレベーターは現在停止中 — 屋上テラスへは284段の階段のみ(2026年8月時点)
- 門の下は無料で入れる — 無名戦士の墓と炎は、チケットなしで見学できます
- 交差点は歩いて渡れない — 地下通路が唯一の行き方。降り口の場所を知らないと辿り着けません
- 凱旋門とは — シャンゼリゼの西端に立つ「パリの歴史軸」の要
- 凱旋門は世界遺産ではありません
- ナポレオンの号令から30年 — 1806年から1836年までの物語
- 門の下で100年以上消えていない炎 — 無名戦士の墓
- 4つの彫刻を読む — 「ラ・マルセイエーズ」の正体
- 屋上テラスからの360度 — 12本の道が放射する眺め
- チケットと料金 — 季節と曜日で6ユーロ変わります
- 営業時間と休館日 — 火曜だけ11時開館
- 行き方と入口 — 交差点は絶対に渡らないでください
- 284段を登る — 所要時間・持ち物・エレベーターの現況
- シャンゼリゼ通りと周辺の歩き方
- 半日モデルプラン — 凱旋門からコンコルド広場へ
- よくある質問
- まとめ
こんなお悩み、ありませんか?
エッフェル塔
両方登るべき?
何泊あれば
足りますか?
移動の手配、
誰に任せる?
どこに何日いるか、どの順で回るか。この組み立て方で旅の満足度は大きく変わります。
Epic Traverse は、ヨーロッパ旅行を専門とする旅行会社として、おふたりの日程と興味に合わせたパリの旅をオーダーメイドで設計します。
凱旋門とは — シャンゼリゼの西端に立つ「パリの歴史軸」の要
パリの凱旋門は、シャンゼリゼ通りの西の端、シャルル・ド・ゴール広場の真ん中に立っています。高さは約49.5メートル、幅は約44.8メートル。近くで見上げると、写真で見ていたよりずっと大きく感じる建物です。
この門がおもしろいのは、単体の記念碑ではなくパリの街の設計そのものに組み込まれているところです。ルーヴル美術館から、チュイルリー公園、コンコルド広場、シャンゼリゼ通りを通って凱旋門まで、東から西へ一本の直線が引かれています。この直線は「パリの歴史軸」と呼ばれ、さらに西へ延びてビジネス街ラ・デファンスの「新凱旋門(グランダルシュ)」に至ります。凱旋門の屋上に立つと、この直線がそのまま目で見えます。

Photo: Mike Norton — CC BY 2.0 / Wikimedia Commons
「凱旋門」「エトワール凱旋門」— 呼び方が複数あるわけ
日本語で「凱旋門」と言えば、たいていこのパリの門を指します。ただ、凱旋門というのは本来「戦いの勝利を記念して建てる門」という建築の種類の名前で、ローマにもドイツにも、パリの中にも別の凱旋門があります。
そこで、この門を正確に呼ぶときは「エトワール凱旋門」と言います。フランス語では Arc de Triomphe de l’Étoile(アルク・ド・トリオンフ・ド・レトワール)。「エトワール」は星という意味です。門を中心に12本の大通りが放射状に伸びていて、上から見ると星の形に見えることに由来します。
広場の名前も、かつては「エトワール広場」でしたが、現在はシャルル・ド・ゴール広場が正式名称です。地下鉄の駅名が「シャルル・ド・ゴール=エトワール」と両方くっついているのは、この名残です。
日本で「凱旋門」を検索すると競馬のレース名がたくさん出てきますが、この記事で扱うのはパリの建造物のほうです。レースの名前は、開催地がパリ近郊であることにちなんだものです。
数字で見る凱旋門
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 高さ | 約49.5メートル(およそ15階建てのビルに相当) |
| 幅 | 約44.8メートル |
| 奥行き | 約22.2メートル |
| 着工 | 1806年 |
| 完成 | 1836年 |
| 設計 | ジャン=フランソワ・シャルグラン ほか |
| テラスまでの階段 | 284段 |
| 所在地 | Place Charles de Gaulle, 75008 Paris |
なぜ「星」なのか — 12本の放射道路
凱旋門を中心に、シャンゼリゼ通りをはじめとする12本の大通りが放射状に伸びています。この形が星に見えるので「エトワール」。19世紀にパリの街を大改造したとき、意図的にこの形につくられました。
その結果、広場はぐるりと車が回る巨大なロータリーになっています。信号がなく、12方向から車が流れ込んでくるため、歩行者は地上を歩いて広場を横断できません。凱旋門に行くには地下通路を使います。地上からは近づけない構造なので、行き方は後ほど詳しく説明します。
広場の真下まで行くと門が大きすぎて、スマートフォンの標準カメラでは全体が入りません。門の姿を1枚に収めたいときは、シャンゼリゼ通りを東へ100〜200メートルほど戻った歩道から狙うと、並木道と門が一緒に写ります。門の真下は、彫刻や天井の細部を撮る場所と考えると迷いません。
凱旋門は世界遺産ではありません
凱旋門は世界遺産だと思われがちですが、結論から言うとエトワール凱旋門は世界遺産に登録されていません。「世界遺産のエトワール凱旋門」と紹介されることがありますが、これは正確ではありません。
パリの世界遺産は「パリのセーヌ河岸」
パリにある世界遺産は、1991年に登録された「パリのセーヌ河岸」です。これは特定の建物ひとつを指すのではなく、セーヌ川沿いの一帯をまとめて登録したもの。範囲は東のシュリー橋から西のイエナ橋まで、川沿いにおよそ8キロメートル。シテ島とサン・ルイ島も含まれます(出典:UNESCO 世界遺産センター)。
この範囲のなかには、ノートルダム大聖堂、ルーヴル美術館、オルセー美術館、コンコルド広場、エッフェル塔、アンヴァリッドなどが入っています。一方の凱旋門は、セーヌ川から1キロメートル以上北に離れた場所に立っているため、登録範囲の外にあります。
ルーヴルの脇にある「もうひとつの凱旋門」は、世界遺産の範囲の中にあります
ややこしいことに、パリにはもうひとつ有名な凱旋門があります。ルーヴル美術館のすぐ脇に立つカルーゼル凱旋門です。こちらはエトワール凱旋門よりずっと小ぶりで、1806年から1808年にかけて建てられました。同じくナポレオンが命じたものです。
1806年着工・1836年完成
屋上に登れる(有料)
世界遺産の登録範囲外
1806年着工・1808年完成
登れない(外から眺める)
世界遺産「パリのセーヌ河岸」の範囲内
つまり、同じナポレオンが同じ年に着工させた2つの門のうち、小さいほうだけが世界遺産の範囲に入っているということになります。世界遺産かどうかは建物の価値の順位ではなく、登録された地理的な範囲に入っているかどうかで決まる、という話です。
凱旋門はフランスの歴史記念建造物(Monument historique)に指定され、国の文化財を管理する機関が運営しています。世界遺産ではないことと、価値が低いことはまったく別の話です。

ナポレオンの号令から30年 — 1806年から1836年までの物語
凱旋門の建設が始まったのは1806年。前年のアウステルリッツの戦いで勝利したナポレオンが、その記念として命じたものです。当初は数年で完成する見込みでした。実際には30年かかり、そのあいだにフランスの政治体制は三度変わっています。

Photo: Aerial view of the Arc de Triomphe, ca. 1900 — Public domain / Wikimedia Commons
1810年、間に合わなかった結婚式と「実物大の模型」
建設が始まって4年後の1810年4月2日、ナポレオンはオーストリアのマリー・ルイーズと結婚することになりました。花嫁の行列は、エトワール広場からパリに入る予定です。ところが工事は遅れ、そのとき立っていたのは4本の柱の土台だけでした。
そこで取られた策が、木と布で実物大の凱旋門の模型をつくるというものでした。建築家シャルグランが画家に描かせ、本物そっくりの門が短期間で組み上げられます。かかった費用は51万1,000フラン。花嫁の行列は、この「張りぼての凱旋門」の下をくぐってパリに入りました(出典:凱旋門 公式サイト)。
この作業には副産物がありました。原寸大で立ててみたことで、シャルグランは自分の設計図の問題点に気づきます。壁面の凹凸のつけ方や台座の扱い、装飾の配置を、そのあと図面に手を入れて修正しました。今立っている凱旋門の姿は、この一時しのぎの模型を経てできあがったものです。
設計者の死と、王政の交代をまたいだ工事
翌1811年1月20日、設計者のシャルグランが亡くなります。そのとき柱はまだ12メートルほどの高さ。弟子のルイ=ロベール・グーストが引き継ぎました。その後、ナポレオンの失脚、王政復古、七月革命と政治が揺れるたびに工事は止まり、そのつど再開されています。
完成したのは1836年、七月王政のルイ・フィリップの時代でした。着工を命じたナポレオンは、その15年前に流刑先で亡くなっています。
門の下で100年以上消えていない炎 — 無名戦士の墓
凱旋門というと屋上の眺めに目が向きますが、この門でいちばん静かな場所は門の真下にあります。第一次世界大戦の無名戦士の墓です。

Photo: Chris Light — CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
1921年1月28日、名前のわからない一人の兵士がここに眠りました
第一次世界大戦で、フランスは約140万人の兵士を失いました。そのなかには身元がわからないまま埋葬された人が数多くいます。戦後、この人たちをどう弔うかが国内で議論になりました。
結論として選ばれたのが、身元不明の戦死者のなかから一人を選び、国を代表する存在として凱旋門の下に埋葬するという方法でした。1920年11月11日、棺がパリを進みます。数十万の人が沿道を埋め、行列は静かに凱旋門へ向かいました。
ただ、墓の準備はその日には間に合っていませんでした。棺は門の内部で昼夜見守られ、正式に埋葬されたのは翌1921年1月28日です(出典:凱旋門 公式サイト)。
毎晩18時30分の点火式は、チケットなしで見られます
埋葬の2年後、ジャーナリストのガブリエル・ボワシーが「記憶の炎」を灯すことを提案します。炎の受け皿は、鉄工芸家エドガー・ブラントと建築家アンリ・ファヴィエの手によるもの。円い盾の中央に大砲の口が開き、そこから炎が上がる形です。周囲には25本の剣が星形に放射しています。
炎が初めて灯されたのは1923年11月11日。それ以来、一度も消えていません。
この点火式は、時間が合うなら立ち寄る価値があります。特別なチケットは要りません。門の下(無名戦士の墓の周り)は入場無料で、地下通路さえ通れば誰でも入れます。屋上に登らない方でも見学できます。
儀式そのものは短く、始まってから行くと人の後ろになります。日没が遅い夏場は、この時間はまだ明るく、点火式を見てから屋上に登り、暗くなるのを待って夜景を見る、という順番も組めます。式の最中は献花や国旗が並ぶ厳粛な場です。走ったり大きな声を出したりしないよう、団体で訪れるときは事前に共有しておくと安心です。
4つの彫刻を読む — 「ラ・マルセイエーズ」の正体
門の4本の柱には、それぞれ大きな彫刻群がついています。制作されたのは1833年から1836年。柱の前に立って見上げると、人の姿が積み重なるように彫り込まれているのがわかります。それぞれに題材があります。


左: Jebulon — CC0 / 右: Alvesgaspar — CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
4つのうち最も知られている作品です。題材は1792年、外国の軍隊がフランスに迫るなか、議会の呼びかけで約20万人が武器を取って集まった出来事。
彫刻の上部で翼を広げて叫んでいる女性は、自由の精神を表しています。剣を掲げ、下の人々を戦いへ呼びかけている姿です。その下では、鎧を着た髭の戦士が若者の肩を引いて連れ出そうとしています。後ろでは年老いた男が何かを助言しているようにも見えますが、若者はそちらを見ていません。
作者のリュードは、あえて当時の軍服も当時の武器も使いませんでした。特定の時代の話ではなく、国を守ろうとする人々の姿そのものを表すためです。「ラ・マルセイエーズ」という通称は、フランス国歌にちなんで後からついたものです。
「ラ・マルセイエーズ」と向かい合う位置にある作品です。題材は1810年、ナポレオンの帝国が版図を広げ、マリー・ルイーズとの結婚で王朝の継承も固まった年。
中央のナポレオンは古代風の衣をまとい、勝利の女神に冠を授けられています。右奥には手を縛られてひざまずく男、左には同じくひざまずく都市の擬人像。革命の記憶を彫ったリュードの作品と、帝国の栄光を彫ったこの作品が、同じ門の表側で向き合っている構図になります。
グランダルメ大通り側、つまりシャンゼリゼとは反対の面にある2作品です。「抵抗」は侵攻に立ち向かう姿を、「平和」は戦いを終えて剣を鞘に納める姿を表しています。
シャンゼリゼ側から来ると、そちらの2面だけ見て引き返すことになりがちです。門をぐるりと一周すると、勝利だけでなく敗北と講和も同じ門に彫られていることがわかります。一周は5分ほどです。
壁に刻まれた名前を探す
柱の内側の壁には、革命期と帝政期の戦いの名前と、将軍たちの名前が刻まれています。名前の下に線が引かれているものがあり、これは戦死した人を示しています。文字は高い位置まで続いているので、下から見上げて探すことになります。
シャンゼリゼ側(東面)の2つの彫刻は、午前中に光が正面から当たります。午後は逆光になり、細部の陰影が沈みます。彫刻をじっくり見たい方は午前、門をシルエットで撮りたい方は夕方、と考えると外しません。
屋上テラスからの360度 — 12本の道が放射する眺め
チケットを買って階段を登ると、屋上のテラスに出ます。ここが凱旋門の見どころのもうひとつの中心です。高さは約50メートル。エッフェル塔の展望台ほど高くはありませんが、街の真ん中に立っているぶん、パリの街並みが近く見えます。

何が見えるか
昼と夜で、まったく違う場所になります

パリの夏は日が長く、6月から7月は21時半を過ぎてもまだ明るいことがあります。「夜景を見たい」と思って20時に登ると、外はまだ昼のような明るさ、ということが起こります。訪問日の日没時刻を確認してから、登る時間を決めてください。
チケットと料金 — 季節と曜日で6ユーロ変わります
凱旋門の入場料は一律ではありません。訪れる季節と曜日で変わります。同じ場所に同じように登っても、日によって6ユーロの差が出ます。
(水曜以外)
の水曜日
(通年)
※ 円換算は2026年8月24日時点の参考レート1ユーロ=約185円で算出した目安です。為替は変動するため、計画時に最新レートをご確認ください。料金は凱旋門 公式サイトで確認した2026年8月時点の金額です。
チケット1枚で、門の内部の展示室と屋上テラスの両方に入れます。追加料金はありません。
無料で入れる人
以下に当てはまる方は入場料がかかりません。窓口で証明書を見せる必要があります。
- 18歳未満の方 — 国籍を問いません
- 18〜25歳の方 — EU加盟国の国籍をお持ちの方、およびフランスに正規に滞在している方が対象です
- 障がいのある方と付き添いの方1名 — 予約不要。当日窓口で証明書を提示すると、優先的に入場できます
- 1月・2月・3月・11月・12月の第1日曜日 — この5か月間は、第1日曜日が誰でも無料です
18〜25歳の無料はEU加盟国の国籍か、フランスへの正規滞在が条件です。日本から短期の旅行で訪れる場合は対象外となり、通常料金がかかります。「若者は無料」とだけ覚えていると、窓口で戸惑うことになります。
チケットの買い方は3通り
- 日時を指定して購入します
- 窓口の列に並ばずに入れます
- スマートフォンの画面提示で入場できます
- 公式が閉館を決めた場合、購入したチケット代は自動的に返金されます
- 地下通路を抜けた先に窓口があります
- 混雑する時間帯は列ができます
- 予定を当日決めたい方向けです
3つめがパリ・ミュージアムパスです。パリとその周辺の多くの文化施設に、期間内なら何度でも入れる共通パスで、凱旋門も対象に含まれています。ルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿など複数の施設を数日で回る予定なら、合計額で得になることがあります。ただし施設によってはパスとは別に入場時刻の予約が必要な場合があるため、使う前に対象施設ごとの条件をご確認ください。
営業時間と休館日 — 火曜だけ11時開館
凱旋門は年間を通してほぼ毎日開いています。ただし開館時刻が曜日によって違います。この点を見落とすと、朝いちで訪れて1時間待つことになります。
| 期間 | 曜日 | 営業時間 |
|---|---|---|
| 4月1日〜9月30日 | 水曜〜月曜 | 10:00 〜 23:00 |
| 火曜 | 11:00 〜 23:00 | |
| 10月1日〜3月31日 | 水曜〜月曜 | 10:00 〜 22:30 |
| 火曜 | 11:00 〜 22:30 |
夏の23時閉館なら最終入場は22時15分、冬の22時30分閉館なら21時45分。閉館時刻ぎりぎりに行っても入れません。夜景を目当てにする方は、この45分を計算に入れて動いてください。
年に4日ある休館日
次の日は毎年休みになります。いずれもフランスの祝日で、式典が行われる日です。
このほか、公式の式典が行われる日や天候が荒れた日には、臨時に一部または全体が閉まることがあります。訪問の直前に公式サイトの案内を見ておくと確実です。
行き方と入口 — 交差点は絶対に渡らないでください
凱旋門でつまずきやすいのが、ここです。門は12方向から車が流れ込むロータリーの中央に立っていて、横断歩道はありません。地上から歩いて渡ることはできず、そもそも危険です。

Photo: Des Racines et des Ailes — CC BY 3.0 / Wikimedia Commons
入口は地下通路です
凱旋門への入口は「パサージュ・デュ・スーヴニール(Passage du Souvenir/追憶の通路)」と呼ばれる地下通路です。入口は2か所あり、シャンゼリゼ大通りの上端、または反対側のグランダルメ大通りから地下に降ります。
シャンゼリゼ通りと地下通路は観光客が集中する場所です。声をかけてくる人、署名を求めてくる人に応じているあいだに、別の人が荷物に触れる形の手口が知られています。リュックは前に抱える、スマートフォンは片手に持ったまま歩かない、財布は内ポケットへ。どれも基本的なことですが、効果があります。過度に警戒する必要はありませんが、無防備でいる場所ではありません。

284段を登る — 所要時間・持ち物・エレベーターの現況
屋上テラスまでは284段のらせん階段です。踊り場のない一本の螺旋が続くので、途中で立ち止まりにくい構造になっています。

Photo: Eric Chan — CC BY 2.0 / Wikimedia Commons
エレベーターは現在停止しています
凱旋門にはエレベーターがあり、必要とする方が予約なしで利用できる設備でした。ただし2026年8月時点では、メンテナンスのため停止中です。公式サイトには「当面のあいだ、テラスへのアクセスは階段のみ」と案内されています(出典:凱旋門 公式サイト)。
足腰に不安がある方、小さなお子さま連れ、ベビーカーをお使いの方にとって、284段は負担になります。門の下の無名戦士の墓と炎は無料かつ階段なしで見学できるので、そこまでにする組み方も現実的です。エレベーターの再開時期は公表されていないため、訪問前に公式サイトで最新の状況をご確認ください。
所要時間の目安
| 内容 | 目安 |
|---|---|
| 地下通路を通って門の下へ | 5分 |
| 無名戦士の墓と炎を見る | 10分 |
| 階段を登る(284段) | 10〜15分 |
| 途中の展示室を見る | 10〜20分 |
| 屋上テラスで眺めを楽しむ | 20〜30分 |
| 階段を降りる | 5〜10分 |
| 合計 | 1時間〜1時間30分 |
門の下だけなら20分ほど。屋上まで含めるなら1時間以上を見ておくと、慌てずに回れます。
持ち込めないもの・手荷物のサイズ
入場時に保安検査があります。持ち込めるかばんの大きさに上限があり、40×40×20センチまでと決められています。これを超える荷物は持って入れません。
凱旋門の内部には給水機が設置されています。夏場の284段はかなり汗をかくので、プラスチックのボトルを空のまま持ち込み、館内で入れるのが実用的です。ガラス瓶は持ち込めないため、水筒を選ぶときは素材にご注意ください。荷物を預ける場所は館内にないので、スーツケースを持ったまま観光する日には組み込まないほうが無難です。
シャンゼリゼ通りと周辺の歩き方
凱旋門から東へまっすぐ伸びるのがシャンゼリゼ通りです。凱旋門からコンコルド広場まで約1.9キロメートル、歩いて25〜30分。並木道の両側にブランドの旗艦店やカフェが並びます。

凱旋門側の半分は商業施設が中心、コンコルド広場に近づくにつれて緑地が増えていきます。全部歩くと30分ほどかかるので、疲れたら地下鉄1号線が通り沿いに走っているため、途中の駅から乗れます。
年末の時期には並木にイルミネーションが灯り、7月14日の革命記念日には軍事パレードがこの通りで行われます。その日は周辺が通行止めになり、凱旋門も休館です。
近くでひと息つくなら
シャンゼリゼ通り沿いのカフェは観光地価格で、席料も高めです。コーヒー1杯で休むだけなら、通り沿いから1本裏の路地に入ると、観光地向けの価格から離れやすくなります。凱旋門の周辺は住宅とオフィスの多い地区で、地元の人が使うカフェも点在しています。
本格的に食事をするなら、シャンゼリゼ通りそのものより、少し離れたエリアへ移動したほうが選択肢が広がります。凱旋門の見学と食事は、時間を分けて考えると無理がありません。

半日モデルプラン — 凱旋門からコンコルド広場へ
凱旋門を単体で訪れるより、シャンゼリゼ通りを軸にして東へ歩くと、半日がきれいにまとまります。歴史軸をそのまま辿る形です。
| 時刻 | 行き先 | 所要 |
|---|---|---|
| 10:00 | 凱旋門に到着。地下通路から門の下へ、無名戦士の墓を見学 | 20分 |
| 10:20 | 4つの彫刻を見ながら門を一周 | 15分 |
| 10:35 | 284段を登って屋上テラスへ。展示室と眺めを楽しむ | 60分 |
| 11:35 | シャンゼリゼ通りを東へ歩く(休憩を挟みながら) | 40分 |
| 12:15 | 通り沿いのカフェで昼食 | 60分 |
| 13:15 | コンコルド広場に到着。オベリスクと噴水を見学 | 30分 |
| 13:45 | チュイルリー公園を抜けてルーヴル美術館方面へ | 25分 |
この流れなら、凱旋門を出発点にして半日でパリの中心軸を歩ききれます。午後にルーヴル美術館の予約を入れておくと、そのまま一日がつながります。
上のプランを東から西へ逆に歩くと、ルーヴルやコンコルド広場を先に見て、夕方に凱旋門へ到着する形になります。18時30分の点火式に合わせて門の下に着き、そのあと屋上へ登って暗くなるのを待つ。夏は23時まで開いているので、この順番が組めます。歩く方向としては、シャンゼリゼの並木の先に凱旋門が近づいてくる西向きのほうが、景色に変化があります。

よくある質問
凱旋門の読み方と、フランス語・英語での言い方を教えてください
日本語では「がいせんもん」と読みます。正式名称のエトワール凱旋門は「エトワールがいせんもん」。フランス語では Arc de Triomphe de l’Étoile(アルク・ド・トリオンフ・ド・レトワール)。英語では Arc de Triomphe とフランス語のまま表記され、Triumphal Arch と訳されることもあります。
凱旋門は世界遺産ですか?
いいえ、登録されていません。パリの世界遺産は1991年登録の「パリのセーヌ河岸」で、シュリー橋からイエナ橋までのセーヌ川沿いが範囲です。凱旋門はこの範囲の外にあります。一方、ルーヴル美術館の脇にあるカルーゼル凱旋門は、範囲の中に入っています。
入場料はいくらですか?
4月1日〜9月30日は22ユーロ、ただし同じ期間でも水曜日は16ユーロです。10月1日〜3月31日は通年16ユーロ。18歳未満は無料です。1月・2月・3月・11月・12月の第1日曜日は誰でも無料になります。(2026年8月時点・公式サイトで確認)
エレベーターはありますか?
設備はありますが、2026年8月時点ではメンテナンスのため停止しています。屋上テラスへ行くには284段の階段を使うことになります。再開の時期は公表されていないため、訪問前に公式サイトでご確認ください。門の下の無名戦士の墓は階段なしで見学できます。
チケットの予約は必要ですか?
必須ではありません。当日、現地の窓口でも買えます。ただし混雑する時間帯は列ができるため、時間を無駄にしたくない方は公式サイトで日時を指定して買っておくと確実です。
所要時間はどれくらいみておけばいいですか?
門の下(無名戦士の墓)だけなら20分ほど。屋上テラスまで登るなら1時間〜1時間30分が目安です。階段の上り下りに15〜25分、展示室と眺めで30〜50分ほどかかります。
凱旋門とエッフェル塔、登るならどちらがいいですか?
目的によります。エッフェル塔を写真に収めたいなら凱旋門です。エッフェル塔の上に登るとエッフェル塔自体は写りません。一方、より高い場所から広く見渡したいならエッフェル塔になります。凱旋門は街の中心にあるぶん街並みが近く、12本の道が放射する形を真上から見られるのが特徴です。両方登る時間があるなら、凱旋門を先にすると位置関係がつかめて、そのあとの街歩きが分かりやすくなります。
凱旋門の下には無料で入れますか?
入れます。無名戦士の墓と永遠の炎がある門の下の空間は、チケットなしで見学できます。地下通路を通れば誰でも行けます。有料になるのは、内部の展示室と屋上テラスに上がる部分です。
子ども連れでも大丈夫ですか?
18歳未満は入場無料です。ただしベビーカーは館内に持ち込めず、入口の係員に預ける形になります。284段の階段には踊り場がなく、小さなお子さまには負担が大きいので、門の下までの見学にとどめる判断も現実的です。
まとめ
凱旋門は「見上げて写真を撮って終わり」になりやすい場所ですが、門の下と屋上でまったく違う体験ができます。訪れる前に押さえておきたい点を、最後にまとめます。
- 料金は季節と曜日で変わる — 4〜9月は22ユーロ、同じ期間でも水曜は16ユーロ。10〜3月は通年16ユーロ
- 火曜は11時開館 — ほかの曜日は10時。火曜の朝いちに行くと1時間待つことになります
- 最終入場は閉館の45分前 — 夏は22時15分、冬は21時45分が入場のリミット
- 年4日の休館日 — 5月1日、5月8日、7月14日、11月11日(午前)
- エレベーターは停止中 — 2026年8月時点。屋上へは284段の階段のみ
- 門の下は無料 — 無名戦士の墓と炎はチケットなしで見学できます
- 毎晩18時30分に点火式 — 1923年から一日も欠かさず続いている儀式です
- 入口は地下通路だけ — 交差点は歩いて渡れません。シャンゼリゼ通りの端から地下へ
- 手荷物は40×40×20センチまで — 自撮り棒と三脚は持ち込めません。館内に預かり所はありません
- 彫刻は午前が見やすい — シャンゼリゼ側の2面は午後になると逆光になります
凱旋門はパリの中心軸の西の起点です。ここを出発点にシャンゼリゼ通りを東へ歩けば、コンコルド広場、チュイルリー公園、ルーヴル美術館と、街の背骨をそのまま辿れます。半日の使い方としては効率がよく、パリという街がどう設計されているかも体感できます。








